―必然的に死ぬために、あるいはそれでも哲学するために―(2)

そうは言っても、段々と騒ぎが大きくなると、

こちらものべつそわそわしてくる。

退屈な授業を妨害してくれる愉しい暇つぶしの種が出来たから、

もう居ても立ってもいられない。

みんな、それが今一番の関心事になってしまっている。

堪えきれずトイレを言い訳にして席を立とうとする者がそのうち出てくる。

寝ていた者もこの時ばかりは、周りと私語に励みだす。

そのうち授業は終わってしまうか、いやまだ終わらない。

まだ始まって十分だ。長すぎる、、永遠だ。。

 

 

「…お前ら、静かにしろ!」

 

 

教師がだみ声を発するやいなや、やにわに校内放送が入った。

最初の数秒はスピーカーから何も声が聞こえない。

事態の重さを伝えるには、それで、もう十分だった。

 

 

 

「生徒が、三階の窓から転落しました。

 今、救急車を呼んでます…」

 

 

 

よく覚えていないが、どのような内容が告げられたのか、そして

事態を判然に呑み込めるにはそれを反芻する必要があって、

僕はもう猿人と原人に興味を抱く暇などなかった。

こっちの方が面白そうだし、みんなの顔も色めきたっていたのだ。

だから、僕も乗った。

誰が落ちたのか、なぜ落ちたのか、などと、

下らない井戸端談義に加わって、妄想を膨らます連中の娯楽に

付き合うことにした。

気付いたら、皆がそれをやっていた。もう授業どころではない。

にもかかわらず、教師は授業を強引にも続けようとして、

それが余りにも馬鹿げたことであるのは、

恐らく教師自身もよく分かっていたのだけど、

(いや、不安げな目配せを教室に彷徨わせ、さっきまで威厳を

備えていたのに、今は怯えた小鹿のような表情を隠すことが

出来ない彼はそうすることしか出来なかったのだと思う)

1人で滑稽芝居を打ち始めた。

実に、奇妙な空間が演出された。

 

まあ、それでももう僕らは十分愉しかった。

教師の饒舌な漫談を肴に、噂話に精を出したが、それにも飽き足らず、

「さっさと現場を見ようぜ」という無邪気な好奇心に、

誰もが心を惹かれていた。

 

 

そのうち救急車が来て、より一層外が騒がしくなり、

次いで校内放送が再びアナウンスされて、授業の中止が下された。

もう好奇心を満たすには、誰もが我慢の限界にで、

何人かは教室の外に飛び出して現場に直行した。

その中に、怖いもの見たさという、

愚かな興味本位の熱に浮かされた僕も、なぜか加わっていた。

 

 

 

(これより、稚拙ながらグロテスクな表現を含みます。

 気分を害されるのを好まない方は読まれないかもしれません。

 ですが、できるだけ読んでもらいたいと思います。

 これは、身勝手なお願いですが…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は、もう居なかった。

そう、もう運ばれて数分が経とうとしてた。

 

僕は、しかし、現場で何が起きていたのか見知った。

 

 

鮮血があたり一面に拡散し、血生臭い匂いで充満していた。

あまりの凄惨さに吐き気がしてくるほどだった。

僕は、しかし状況を冷静に認めようとした。

そして、彼が頭部から直撃し、脳漿が破裂するほどの

衝撃を受けたことを悟った。

 

 

頭蓋は恐らくひどく破損したことだろう、

奇妙な切片は脳の一部だろうか。。。

 

 

彼が転落した場所は、奇しくも面積がそれほど広くなかった

コンクリートの上だったが、にもかかわらず、その外の、

土の部分まで広範囲にわたって鮮血がべっとりと飛び散っていた。

低い雑草が真っ赤に染まり、

記憶では少し離れた自転車置き場まで到達していたと思う。

 

 

 

 

そう、あとになってそういう細かい記述はできるのだけど、

事態を目の当たりにしていると、ただ「見る」ということしかできない。

 

 

 

 

 

 

 

ああ、これが死というやつか。

 

 

 

 

 

 

 

一切の価値判断をすることができず、僕はただ呆然とするしかなかった。

今も、ただ当時の記憶を呼び覚ましてみると、本当に呆然とするしかない。

たとえ、その直後には様々な感情や理性が生起したとしても、

あの光景自体については、僕は何も言うことができない。

 

 

 

 

不思議なことに、凄惨な場面を見た後で、

なぜかボンヤリと夢をみている感じがした。

 

 

不謹慎ながら「リアルな」死に初めて接して、

僕はどうしたらよいか全く分らなかった。

(祖父の死は、入院後でしかも僕が幼かったこともあって、

 「リアル」ではなかった。

 「お星様になった」と思えばそれで僕の中では物語は完結していたのだ)

再び教室に戻って、暫くして彼の死を伝える放送が流れ、

その日授業は全て中止になり、早退となった。

 

早く帰っても何をすることもなく、

家族は僕が無事で何よりとか言っていたけど、

そんなことはどうでもよかった。

今日起こったこと、それから目の前でじぶんが見たものは

一体なんだったのか、そんなことを延々と考えていたが、

なぜだか夜に急に泣きたくなって、少し泣いた。

怖かったのだろうか?それともじぶんの思考で

把握しきれない事態に困惑したからなのだろうか?

それとも…?

今思い出してもまったく分らない。

ただ、死についてこんなにも深く考える契機を与えて

くれたには間違いないだろうが。。

 

 

 

 

 

 

人間は、必然的に死ぬ。かたちあるものは滅びる。

 

死は避けられない、明日にでも死ぬ。

 

死んだら終りかもしれないし、死後の世界があるかもしれない。

 

でも、死によって、人間はこの世界での存在が途切れる、

 

それは間違いない。

 

だとしたら、生きるってなんだ。

 

そんなものに意味があるのか。

 

 

 

 

 

 

泣きながらちょっとずつ考えた。

その日から断片的に考えるようになった。

 

それから、僕は「暇潰し」をあまり愉しめなくなった。

暇潰しは、暇潰しで確かに愉しいままだけど、

物足らなさを段々と感じるようになった。

「暇潰し」で本を読んでいると、なぜだか、じぶんに腹が立ってくるし、

あとでじぶんが「暇潰し」をしていたと気付くと、

とても残念な気持ちになってしまう。

なぜだろうか。

…分らない。