或る士官候補生との再会

こんにちは、久方ぶりの更新となります。

少し、心に留めておきたい出来事があったので書き残そうと思います。

 

先日、旧い友人と旭川で再会を果たしました。
彼は現在とある軍事教育を行う大学校の4年生であり、訓練で北海道を訪れています。
旧友とは言っても、彼との出会いは約4年前に遡るにすぎません。
それは私が前の大学を卒業し、医師を目指すために再受験の勉強をしていたときの自習塾でした。
彼は当時1浪中で、関西地方では屈指の進学校出身。学力は今ひとつでしたが、飲み込みの早さと頭の回転では、やはり抜きん出ていました。細身ながらの長身、人懐っこい微笑を浮かべながらも、瞳の奥の眼光は鋭く、初めて出会ったときから背後の威風を感じさせる若者であったことを覚えています。

 

そのような若者は、進学校の優秀な学生の中では決して珍しくはありません。

しかし、他の進学校出身の生徒と違うのは、類い稀な野心家であったこと。

 

当時から生意気で、向こう見ずな、しかし腹に一物を持っている当たりはなにか、私をして「奇貨置くべし」という思いなしを抱かせてくれる好漢でした。 

初めて会ったときから、自分とは5歳離れていたにも関わらず 、出会うべきであった旧友のような気持ちになる人間。
そういう人間とは、案外ひょんな場所で知遇を得るものです。

当時、彼は我が国の最高学府を目指していましたが、それは飽くまで人脈や世間的な評価を築くための手段であり、「ゆくゆくは政治家になり、この国を動かす」と言って憚らなかったのを覚えています。

 

私は、これまで「将来は政治家になりたい」と公言した若者と幾人か親しく付き合ってきました。しかし、彼らのほとんどは大学を卒業し世に出ると、やはり「向こう三軒両隣にちらちらするただの人」に堕ちてゆきます。私は、落胆するとともに、それはある意味、社会への正常な順応であり、健全な精神の発現であったことを確認して安堵します。政治を司る、すなわち権力を持つということの魔性に囚われ、友人が変貌してしまうのは、親しく交わるに人間としては悲しいからです。。

 

しかしながら、当時の彼には「もしかしたら、人々が世を変えようという盲目的意志に導く人間になるかもしれない」と秘かに期待せざるを得ませんでした。

彼とは、他の受験仲間とは違ってとにかくスケールの違う議論をよく愉しみました。
哲学、文学、歴史、経済、人間心理、政治の問題からファッション、グルメ、異性との交遊について、下世話にも高尚にも談論風発したのを覚えています。もちろん、勉強も張り合いましたが、空虚な浪人生活において人生の意味を真剣に問う仲間を得たことは、私にとっても、彼にとっても「刎頸の交わり」となっていたと思います。

 

結局、彼は最高学府への受験には失敗しましたが、「政治家になる手段として」職業軍人になることを選びました。私は彼に1年遅れて進学しました。彼の進学直後から、「耐え切れずに、いつ退学になるのか」と思ってヒヤヒヤしていましたが、厳しい生活規則や組織の不条理にも耐え、卒業を約半年後にも控えての再会です。 塾での別れから、幾度か再会はしていたものの、北海道では初めて。いつにも増して、精悍な顔つきと野心家めいた気魄はそのままに、日に焼けた肢体からは若き将校の風貌を漂わせていました。

 

 

ところが、酒を酌み交わしながら、半年ぶりに会う旧友は進路に向けて深い迷路に入り込んでいるように見えました。そして、「そのために生き、そのために死ぬ」何かを求めて、生き急いでいるように映りました。彼にとっては、それが国家であり、将来軍人としての矜持を担保してくれるはずだったのでしょう。しかし、その国家や軍が「守るに値する」というものか、彼は自問自答して隘路にはまり込んでいました。

 

彼はこの4年間士官候補生として、同窓を指導する立場にありました。その中で、己を犠牲にして組織のため滅私奉公する塗炭の苦しみを幾度となく感じていました。—やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、 ほめてやらねば、人は動かじーその言葉の意味を日々噛み締めていたと述懐しています。

 

けれども、軍隊といえども愛国心を持ち、組織に忠誠を誓う人間に属する少数派だと悟ったとき、彼は、マジョリティ、すなわち「鉄砲玉の打てる小役人の集まり」の上に立ち、そうした群衆に指図を出す仕事にいい知れぬ疲れと諦念を抱いてしまいました。「公務員として安定している」「災害が起こったときに人を助ける仕事がしたい」という動機で軍や大学校に志願してくる生徒はいても、「国のために命を懸けて働きたい」「海外で同盟国や日本周辺で有事が起こったら真っ先に前線に行かせてほしい」と思っている生徒は、本当に少ない、とも聞きました。(それはイラク戦争時の派遣忌避にも現れています) 

 

「所詮戦争ごっこしかできないアマチュア集団」、「鉄砲玉の打てる小役人の集まり」、「政治の話はタブーだからできるだけ考えない方がよしとされる」…確かにそういう批判が内部から出ることはある意味「健全」と言えるでしょう。(けれども、そうした状況に居心地を覚えている職員も大勢いるのもまた事実です)

 

今まさに、このような巨大な集団が抱えるニヒリズムが彼をして、一種の虚無的な諦念に駆らせようとしてしました。

 

 

私の当代の思想の主要な一断面は、これを要約すれば次ぎのようであった。世界は真剣に生きるに値しない(本来一切は無意味であり空虚であり壊滅するべきであり、人は何を為してもよく何を為さなくてもよい)、── それは、若い傲岸な自我が追い詰められて立てた主観的な定立(テーゼ)である。人生と社会とにたいする虚無的な表象が、そこにあった。時代にゆすぶられ投げ出された(と考えた)白面の孤独な若者は、国家および社会の現実とその進行方向とを決して肯定せず、しかもその変革の可能をどこにも発見することができなかった(自己については無力を、単数および複数の他者については絶望を、発見せざるを得なかった)。おそらくそれは、虚無主義の有力な一基盤である。私は、そういう「主観的な定立(テーゼ)」を抱いて、それに縋りついた。そして私の生活は、荒んだ。 ── すでにして世界・人生が無意味であり無価値であるからには、戦争戦火戦闘を恐れる理由は私になかった。そして戦場は、「滑稽で悲惨な」と私が呼んだ私の生に終止符を打つ役を果たすであろう。 —(大西巨人神聖喜劇』第1巻)

 

 

「面倒くさいことを現政権や政権与党の偉い人間に任せておけば、仕事がやりやすいと上の人間は考えているけれど、下の人間はそこまでついていけないのです。だから思考停止した方が楽なのです」

 

私は、この言葉こそ幹部候補生として、実にリアルな心情吐露だな、と思いました。リーダーとしては、思考停止した人間を動かすことに長けている方が能力を十全に発揮できます。構成員の余計な思考は、組織の合理的な目的遂行にとってはマイナスに働き、それは即組織の損害や敗北に繋がりかねません。また、官僚組織の最たる軍では、個人のタスク処理は全体への奉仕であることが前提です。全体への奉仕に適っていれば、個人は余計な思考をする必要がなく、上に立つ一部の人間が意思決定をすればよいのです。 しかし、思考停止は組織の硬直化や、風通しの悪さを生み、イノベーションを阻害してしまいます。個人が萎縮し抑圧された組織では、有事の際の機動力や士気にも影響を与えることが必至です。


公が先か、それとも私が先か—そうした命題は何らかの組織に従属する人間なら、一度とならず自問自答するところでしょう。彼もまた故郷に恋人を待たせている人間であり、愛すべき家庭を営みたいという人並みの欲望を抱いています。

 

 

—男に生まれたからには大義のために生き、死ぬべきではないか。しかし、守るべきは「国家」という曖昧模糊な象徴ではなく、いつも脳裏を過る肉親であり友人であり、家族、恋人ではないのか。だとすれば、何のために俺はここにいるのだろう?ー
 

 

さて、旧友はこうしたジレンマや不条理に苦悩しつつも、組織の中でどのように自己陶冶していくのか。私は一門外漢にすぎないので、生暖かく見守るしかありません。しかしながら、こうした隘路の中で揉まれ、集団、組織の不条理を徹底的に見つめ、信念に基づいて他者を指導しようと冷静沈着に決意したとき、彼は真に「政治への目覚め」にまた一歩近づくのだと思うのです。

 

人々の頭脳をあやつることを熟知していた君主のほうが、 

人間を信じた君主よりも、結果から見れば超えた事業を成功させている ―
(『マキャベリ語録』)